P02 社会的連帯経済における協同による社会福祉創造の可能性 本研究所研究員 仁科 伸子1(社会福祉学) (1)新型コロナウィルスの流行から社会を考える  2020年、私たちの社会は予想もしていなかった疫病に襲われ、ここ数か月は、これまでになかった生活を経験した。災害や疫病、大恐慌などの大きな出来事が世の中に起こると、社会福祉制度や政策が大きな転換を迎えることがある。長期にわたって会社や飲食店、工場などは閉鎖し、労働者は自宅勤務や通勤の回数を減らすなどを余儀なくされた。特に対人サービスを提供する業種では、従業員の解雇や倒産も起こり、帝国データバンクによれば、2020年6月5日時点では、新型コロナウィルスの流行による倒産は、222件となっている。  被害が深刻であったスペインにおいて、ひときわ目を引いたのは、シェス、カタルーニャ連帯経済ネットワークが、Covid-19危機を乗り越える上での社会的連帯経済の活用法をまとめたパンフレットを出し、社会的連帯経済を「いのちを中心に位置づける新たな経済モデルの構築のための重要部品《と位置付ける必要性を訴えていたことだ(廣田 2020)。また、もう一つ目を引いた報道は、ロックダウンにより、汚染が減って、近代史上はじめて、カトマンズからエベレストが目視できたというものである。このことは、日ごろ私たちの経済活動がいかに汚染を広げているか示すものである。 (2)新自由主義経済の進展による格差の拡大とポスト福祉国家体制  21世紀になって、アメリカを中心とした資本主義の国々では、さらなる新自由主義へと進んできた。福祉国家は、経済成長によって得た収入を再分配し、国全体の福祉を担う体制である。まず、この福祉国家体制は、経済成長の鈊化により持続可能性が危ぶまれるようになった。  右上図にあるように、トップ1%の成功者が国全体の収入に占める割合は、1980年代半ばごろから急増するようになった(White House 2017)。1985年ごろから、少数の成功者によって巨額の富が生み出されるようになり、格差が広がっている。近年ますますこの格差は拡大しつつある。また、国家の役割は、セイフティネットであることが強調されるようになった。このように、少数の成功者が多くの富を稼ぎ出すようになると、福祉国家体制の根幹である再分配のロジックが働かなくなる。つまり、困った時はお互い様であった制度が、極端に少数の持つ者、多数の持たざる者に分かれることによって、その原理的な部分での持続可能性が危ぶまれる状況になってきた。このような新自由主義体制と対局をなすのが、社会的連帯経済である。 (3)社会的連帯経済  社会的経済は、協同組合、ノン・プロフィット・オーガニゼーション、財団、共済組合などをあわせたものであり、特にフランスやイタリア、スペインなどラテン系諸国で拡大している(廣田 2016)。それに対して、連帯経済は、新自由主義的な経済体制に反対し、もっと公正で持続可能な世界を作ろうという社会運動から生まれたもので、1980年代以降欧州に加え、中南米で盛んになっており、フェアトレードやマイクロクレジット、地域通貨などの活動がみられる(廣田 2016)。前者は、フランスにおける長い歴史的な発展の下に各国に広まり、社会体制の一つとして統合されており、政治的には保守的な組織もみられる一方、後者は社会運動としての性格が強く政治的にも革新的な政党とつながりやすいという異なる特徴がある(廣田 2016)。最近では、日本でも書籍が複数刊行され、両者をまとめて社会的連帯経済という表現が一般化してきている。 (4)社会的経済の担い手としての協同組合  イギリスは産業節約組合法(1852年)、産業共同所有法(1976年)、コミュニティ利益会社法(2004年)の成立が協同組合・産業共同所有運動・コミュニティ協同組合や社会的企業の発展に大きな役割を果たしている。イタリアの社会的協同組合法の成立(1991年)が、ヨーロッパ全体にその後の社会目的の協同組合の発展を促進することになった。このような流れは、ヨーロッパのみでなく、カナダやアジアにも波及している。台湾では2016年、韓国では2011年に協同基本組合法が成立した(堀越 2014)。韓国では、基本法制定以前から、協同組合的な考え方で運営されている事業体があった。その分野は、労働、福祉、教育、育児、住宅等多岐にわたる(金 2012)。  スペインには、倒産した企業を従業員が買い取るために、失業手当を買い取り費用に与えることができる仕組みがある(廣田 2020)。スペインにおける有吊な協同組合モンドラゴンでは、1956年に若者を集めてストーブを生産する協同組合工場を設立したのを契機に、金融機関や大学、生活協同組合等を組織化しており、家電メーカーが倒産した際には、これを組合立として再建した(石塚 1991)。  日本における消費生活協同組合法は、消費者が協同で購入することを目的とする法律であり、農業協同組合は農業生産、漁業協同組合は、漁業をするための協同組合であって、その活動範囲には制約がある。 (5)社会的企業  筆者は、2012年に韓国を訪れて、協同組合基本法成立の影響について調査したが、利潤の追求ではなく、社会的な目的をもって活動を行う社会的企業が、多数協同組合として設立されていた。そのうちの多くがアクティベーション2を目的としていた。韓国では、協同組合基本法の制定より以前の2006年に社会的企業育成法が成立した。IMF危機の中で、失業対策を行う公共勤労事業がはじめられ、その後社会的仕事事業へと移行している(高間 2016)。世界的に見て急成長している社会的企業の定義について、定まったものはまだないようである。アメリカでは、ノンプロフィットでなくとも社会的企業とされているのに対して、カナダでは、非営利組織の介入を求めている(廣田 2016)。スペインは、社会包摂的企業というものがあり、通常の労働市場には参加することが難しい人々を受け入れ、労働を通じて社会統合を達成することを目的としている(廣田 2016)。これに対して、北欧ではほとんどの国で、障害者や失業者のアクティベーションを目的としている(岩崎ほか 2014)。つまり、労働市場から排除されている人々の働く場を提供することが中心となっており、従来の雇用されて働くという働き方からのパラダイム転換が起こっている。 (6)社会的連帯経済、社会的企業の事例  ここで、いくつかの社会的連帯経済の事例を紹介しておく。 ①シカゴの移民地域ローガンスクエアにおける協同組合の設立と地域(シカゴ市)  シカゴ市北部のコミュニティ・エリアの一つにローガンスクエアという地域がある。地域には、無農薬や有機野菜、フェアトレードの食品を扱う店がなかった。そこで、2004年に地域の40人の住民たちが生活協同組合ディルピクルを設立し、地域で長い間放置されていた空き店舗を再生し、生活協同組合の店舗とした。店舗は、2009年12月に、オープンしたが、現在では1700人の組合員を抱える組織に成長している。ディルピクルは単なる協同購入店というだけでなく、ジェンダー、社会的、人種的、政治的また、宗教的な差別がなくサービスを利用することができるという価値観の共有に力を入れている。また持続可能な社会を目指し、環境問題にも関心が高い。地域のまちづくり団体やコミュニティオーガニゼーションの活動にも協力的な関係を結んでいる。 ②有機農業から老人介護まで担う無茶々園(愛媛県)  無茶々園は、愛媛県西予市に立地する。1970年代に無農薬の伊予柑作りをはじめた農民の作ったファーマズユニオンをスタートにしている。2011年現在の会員数は、明浜地区の生産者会員が73吊、面積110haとなり、明浜町外の生産者が約80吊となっている。伊予の温暖な気候と、斜面地の理を活かしながら、農薬を使わない蜜柑づくりをして全国に販売していると同時に、地域の住民のための配食活動、2か所の有料老人ホームを設立して、高齢者介護を行っている。現在、この福祉事業で働く従業員は、35人となっている。 ③教育、生活協同組合、カフェ、食堂、劇団、小学校を運営するソンミ・サンマウル(ソウル市)  ソンミサンマウルは、住宅地として開発されたときには、店がなく、保育園もなかった。この地域に移り住んできたのは、民主化運動を経験したリベラルな世代で、子どもの保育や教育にも過去の世代とは異なる考えを持っていた。この世代が子育てをするようになって、まず、協同で保育園を設立した。次に、子どもたちが成長すると、小学校を作り、その教育内容もオリジナリティに富んだものであった。地域には店がなかったので、カフェや、生活協同組合の店舗を作った。また、子どもたちが参加できる劇団を設立して、劇場を建設した。住宅は、コーポラティブ住宅方式で建設した。現在は、障害を持った人々の働く場を作り、キャンドルを販売している。 (7)終わりに  筆者は、日本でのコミュニティ研究活動では、主に中山間地域に赴くことが多い。人口減少や高齢化によって買い物をする場がない村の中に、協同組合的な力により、店舗が作られたり、配食サービスや社会福祉サービスが展開される事例を多く見てきた。紙面の関係上、多くの事例は紹介しきれなかったが、農村地域や漁村地域に行くと、多くの素晴らしい取り組みが埋もれている。市場による投資がなくなり、地価が下がっているからこそ展開できている事業もみられる。以前この巻頭言で紹介した小国町の障害者就労支援事業による農福連携の事例も本稿で紹介した事業に匹敵する事例であると考えている。  今回の新型コロナウィルスの流行により、世界の人々は、その働き方や経済活動の脆弱性を思い知らされた。いつでも買えるはずのマスクや消毒薬が手に入らなくなり、また見つけても高騰し、手に入るような価格ではなくなった。電車に乗って通うことが当たり前の会社に行けなくなった。学校に行くことが当たり前の生活から、子どもたちは、自宅で過ごす時間が増えた。新型コロナウィルスの流行によって、家族や自分の幸せや健康な生活を保つための生活のあり方や、外食でも、中食でも、インスタントでない家庭料理のあり方、麓から山が見えないほどの汚染を広げていた経済活動について考える機会にもなった。また、これまでの生活の中で気づかないうちに、阻害していた自分自身の生き方に思いを馳せることができた。  2020年7月、国会では、労働者協同組合法が成立する予定である。まさに、働き方の転換の基盤となる法律である。社会福祉学を研究する立場からは、これを機会に、ひとにぎりの資本家のための利益の最大化ではなく、人々が、地域の中で働き、自分らしく生きることができる、協同的で、持続可能な社会システムの構築について考えてみたい。 引用文献 HouseWhite.(2017). CEA 2017 Economic Report of the President,. Washington D. C.:White House. 石塚秀雄(1991).バスク・モンドラゴン:協同組合の町から、彩流社 岩崎晋也、岩間伸之、原田正樹.(2014). 社会福祉研究のフロンティア. :有斐閣. 金 應圭.(2012). 韓国の協同組合基本法制定とその意味. 農林金融, 54-61. 高間満.(2016). 韓国における社会的企業の現状と課題. 神戸学院総合リハビリテーション研究第11巻第2号, 1-13. 堀越芳昭.(2014). 世界各国における協同組合法の最新動向:1996~2013. 山梨学院大学経営情報学論集, 91-109. 廣田裕之.(2020). パラダイムシフト 社会や経済を考え直す. 集広舎ブログ(https://shukousha.com/column/hirota2/8513/). 廣田裕之.(2016). 社会的連帯経済入門 みんなが幸せに生活できる経済システムとは :集広舎. 出典:White House, 2017 註1:熊本学園大学社会福祉学部教授 註2:失業など社会的困難を抱える人々に、就労の場を提供し、就労支援を行うこと。