P05 〈一冊の本〉 『初めて老人になるあなたへハーバード流知的な老い方入門』 B.F.スキナー・M.E.ヴォーン 共著 大江 聡子 訳 成甲書房 2012年 1,400円(税別) 本研究所研究員 中村 光伴 (教育心理学)  本書では、20世紀におけるもっとも影響力の大きい心理学者と評されるスキナー博士が、みずからの老境を冷静に観察し、理想的な老い方を提言しています。「行動分析学《では、人生の楽しみは日常生活における行動から生じる副産物であるととらえます。行動することによってのみ成果が得られ、この成果こそが生き生きとした人生の楽しみにつながるのです。「大事なのは行動を続けること《となります。  「老いについてよく知っていることが、老年になっても楽しく過ごせる秘訣である。《 この実践のために、「老いを考え、向き合う《ことだけでなく、<感覚の衰えとつきあう><記憶力を補う><頭をしっかりと働かせる><やりたいことを見つける><快適に暮らす><人づきあいのしかた><心を穏やかに保つ>など、老人を演じ、そして演じ切るために必要となる具体的行動を、スキナー博士の経験から提言しています。原著刊行から40年近くが経過した現在でも、その内容はまだまだ色褪せてはいません。  しかし、本書では、高齢者のQOLについて積極的な提案をしていません。「人生を楽しむなんてどうしても上可能だという確信に至った人は、本書ではもう手に負えません。現代文明ではいまだ答えの出ていない問題に直面していると言えます。(中略)でも、もし身の回りのことが自分でできなくなったり、健康で楽しく生きることができなくなったりしたら、本書でお役に立てることはほとんどありません。(p.167)《とあります。さらに、緩和ケアとしての薬物使用や安楽死への肯定的表現も見られます。  ですが、原著刊行当時よりテクノロジーは大きく変化しました。特に、仮想現実(VR)や、指先や視線入力などの人体センサーによるロボット操作などの技術は大きく進歩しています。今後、このような技術を介すれば、たとえ、寝たきりの状態となったとしても、他者とコミュニケーションをとったり、仮想現実にて、世界各地を旅行し、素晴らしい景色を楽しむことができるようになるでしょう。さらに、ネットワークを介しロボットを操作し、現実世界に関わっていくといったような自発的・能動的活動を支援することもできるようになっていくでしょう。高齢者のQOLを考えていくうえでも、本書が「お役に立てる《ことはまだまだありそうです。  10年以上前の話はするな!  同じ話は繰り返さない!  避けたい話題は病気と説教!  これらは「老人を初めて演じ、そして見事に演じ切る《ための、私のこれからの課題となりそうです。