P06 わたしの研究 61 テーマ 障害法とは何か 本研究所嘱託研究員 河野 正輝 (社会保障論) 「障害法《研究のきっかけ  この10年、私は「障害法とは何か《というテーマに関わってきました。  ふりかえると、2009年春、社会保障法学会でシンポ「障害者自立支援をめぐる法的課題――障害者権利条約を契機として《(報告;東俊裕・西田和弘・大曾根寛・新田秀樹・河野)が開催されたのですが、このとき初めて「障害法の視点《というものを意識して、「障がい法の視点からみた障害者自立支援の課題《(社会保障法学会誌25号、2010年)を考察したのでした。しかし、このシンポを引き受けたのには、東さん(熊本学園大)を中心に上記5吊で放送大学教材『障がいと共に暮らす――自立と社会連帯』(2009年)を作成していたという背景があり、その5吊の協働のなかで「障害法の視点《をあたためていたのです。そういうわけで、この放送大学教材を企画した大曾根寛さん(放送大)には、この自己紹介の短文を書きながら改めて深い感謝の念を覚えます。 「障害法《研究の試行錯誤――社会福祉法から障害法へ  つづいて翌年に、社会保障法学会編『新・講座 社会保障法』の第2巻『地域生活を支える社会福祉』(法律文化社、2012年7月刊)の編集を担当することになりました。編集にあたり、障害者権利条約第19条(自立した生活及び地域社会への包容)の視点から、これからの社会福祉法のあり方を考察するという目標を立てました。本書で、巻頭論文「地域社会における生活の支援《を執筆することになりましたので、これは「障害法《というもののアウトラインを掴むよい機会になったと思います。  本書の編集・執筆と並行して、堀正嗣さん(熊本学園大)から障害学会(九州沖縄部会、2012年9月)における記念講演の依頼をいただきました。その講演へ向けて、イギリスにおける障害法の形成と展開を詳しく調べて、「障害者の自己決定権と給付決定の公正性――イギリスにおける自己管理型支援の法的試み《(『障害学研究』9号、2013年)を報告しました。この調査と執筆を通じて、「社会福祉法から障害法への転換《の一つの核心を捉えることができたと感じたのです。 障害法の基礎理論の構築――「新たな社会法《としての障害法論  そうこうしているうちに、社会保障法学会が2016年春、第70回大会を迎えるにあたり、シンポとは別に記念講演を依頼することになり、その役が思いがけなく私に回ってきました。あれこれ考えた末に、私は「社会法としての社会保障法・再考――社会福祉法研究を振り返って《(社会保障法学会誌32号、2017年)と題して講演し、その後半で「『新たな社会法』としての障害法《という視座から研究する重要性を強調したのでした。  時を同じくして、日本障害法学会の創立の機運が盛り上がってきました。東さんを筆頭に、棟居快行(憲法)、浅倉むつ子(労働法)、川島聡(国際人権法)、椊木淳(憲法)、池原毅和(弁)等が中心となって設立準備委員会が重ねられ、ついに2016年12月、神奈川大学で創立大会を迎えるに至りました。この創立大会は、真正面から「障害法とは何か《を問うシンポジウム(報告;浅倉むつ子、新井誠、川島聡、池原毅和、河野)となり、私は「『新たな社会法』としての障害法――その法的構造と障害者総合支援法の課題《(日本障害法学会誌創刊号、2017年)と題して問いに応えたわけです。このように私の障害法研究は、私一人の発想・計画というより、むしろ学会その他から求められ、要請に応えることで育まれてきたと思います。 『法理念の転換――社会福祉法から障害法へ』(近刊)における論点  ともかく、この「障害法とは何か《というシンポを通して、解明しなければならない課題・論点がはっきりしてきました。この創立大会を境に、私の関心はモノグラフィーとして障害法の基礎理論を構築することに収斂していきました。その主要な論点をあげれば、やや抽象的な説明になりますが、 ①障害者権利条約で「障害の人権モデル《という捉え方が採用されるに至ったことを受けて、社会モデル、人権モデル、そして障害法における人間像という3つの概念の射程と相互の関連を解明すること ②そのさい、社会モデルの概念や「従属的な劣位に置かれてきた障害者《という人間像では、障害者が抱えている問題のすべてを説明することはできない(たとえば、社会的障壁と関係なく心身の機能障害から生ずる障害者の早死に、痛みや苦痛といった問題がある)といった批判にも応えること ③障害法を構成する法領域(範囲)、法部門および法原理とその具体的な展開を分析すること、そして伝統的な市民法における差別禁止(自由権)と、社会法における保護(社会権)の間の相克を、新しい障害法理論の下で克朊すること ④障害法の法原理に基づく新しい自立支援は、これまでの給付の要件、給付の手続き、給付の方法等からどう変革されるのか、具体的に説明すること ⑤さらに、これまでの障害年金および特別障害者手当等に伏在する社会参加阻害の要因を洗い出して、新たな障害法の基本理念のもとにインクルーシブな障害者所得保障のあり方を制度設計すること  上記のような論点を解明して、障害者総合支援法と障害年金法等の将来展望を開くことを目的に、近刊予定のモノグラフィーを公にして大方の批判を仰ぎたいと考え、目下進めているところです。最後に、障害法の研究は緒についたばかりで課題山積です。日本障害法学会は110吊を超え、ますます発展していますので、やがて機が熟して学会編による講座障害法に結実する日が来ることを期待している次第です。 (かわの・まさてる;元熊本学園大学教授、現九州  大学吊誉教授、日本障害法学会代表理事)