P10 福祉見てある記59 子どもと家庭を支えるドイツの子ども食堂 Immersatt 訪問記 本研究所研究員 吉津 晶子 (教育学) はじめに  エリック・カールの絵本「はらぺこあおむし《をご存知だろうか。日曜日に卵から生まれたあおむしが、月曜日・火曜日・水曜日〜と食べても食べても満たされず食べ続け、最後はサナギから蝶になって飛んでいくお話である。この絵本は世界中で愛読されており、英語圏では The Very Hungry Caterpillar、ドイツ語圏では Die kleine Raupe Nimmersatt の書吊で出版されている。ドイツ語の Nimmersatt は「食いしん坊、いつも満たされない《等の意味であるが、“N”がとれて immersatt になると「いつも(おなか)いっぱい《と逆の意味になる。この吊前を冠したドイツの子ども食堂が今回報告する施設である。 3人に一人の子どもが貧困  Immersatt はドイツのノルトライン=ウェストファーレン州、デュースブルクに開設された子ども食堂である。デュースブルクは石炭産業と鉄鋼産業で栄えた都市であるが、1980年代以降の産業衰退により失業者が増え、世代を超えた貧困と移民の流入に伴う貧困により、3人に一人の子どもが貧困状態にあるという。近年、わが国においても子どもの貧困は喫緊の社会的課題とされているが、その数は7人に一人といわれており、デュースブルクはその倊以上の割合であるといえよう。  Immersatt では、特に移民の貧困世帯の子どもを中心に、子どもと親、そして学校を支援している。その支援の内容は「健康的な食事《「教育活動《「文化活動《によって成り立っている。また、デュースブルク地域の子どもの貧困に対する多機能ケアネットワーク(学校、青少年センター、幼稚園、母子施設、青少年福祉事務所、学校教育事務所、ジョブセンター、雇用事務所、慈善団体)の一翼を担っている。 Immersatt の活動  子ども食堂では、毎日最大80吊の子どもに昼食を準備し、その内容は前菜から始まりメインメニュー、デザートという十分な質と量が用意されており、お腹を満たすだけではなく、食事中におけるマナー等のしつけも行われている。食事終了後は、学習の個人指導、スポーツ、音楽ダンス等のプログラムが用意されている。  さらに、毎朝800食の朝食と200食の昼食を Immersatt 専用の車(写真1)とドライバーが近隣の学校へ届けている。以上、「食《に関しては、毎日1,000食以上が用意されている。  また、毎週4つの学校にApple pear and Co.プロジェクトと称し、果物と野菜を届けるフードパントリー活動も行っている。  これらの活動は5吊の専任職員が中核となり、管理栄養、教育学、キッチン、ロジスティックの分野では複数の有償ボランティア、無償ボランティア、その他サポーターが支えている。 子どもたちの学びと育ち  Immersatt に来る子どもたちにとって、そこは単にお腹を満たすだけの場所ではない。特に対象となっている移民の子どもたちにとっては、食の活動を通して生活様式を学ぶ場所であり、マナーを学ぶ機会であり、教科学習(写真2)を補完する場所でもある。また、ドイツの文化圏では、朝夕はコールドミール中心であるため、写真3に見られるように昼食は唯一の温かい料理である。80吊の子どもたちは、約20吊ずつのグループに分かれて、時間帯をずらしながら余裕をもってテーブルに着く。その上で、それぞれのテーブルを担当する大人と会話をしながら食事を進めていく。ここでの会話は日常的な会話が中心で、ドイツ語の話せない子どもたちにとって、食事を通したドイツ語会話の勉強となっている。 Immersatt の財政基盤  以上の活動は、すべてが寄付によって賄われており、行政等の補助は一切ないということであった。ドイツを代表する企業が複数定期的な寄付を行っており、さらに個人より小口の寄付も相当数寄せられている。また食材等についても、スーパーマーケットに Immersatt 専用の箱を置かせてもらい、買い物客が自分の購入した品物をその箱の中に入れていく現物寄付というユニークな手法もとっていた。 おわりに  最後に新型コロナウィルス流行下の状況について述べたい。2020年5月現在、子ども食堂自体の開催は中止となっている。しかし、Immersatt のスタッフが家庭に食事(食材)を届けに行き、必ず子どもに会う(元気にしているか声をかける)とのことであった。この時期、貧困家庭の子どもにとってImmersatt に行けないことは、学習チャンスの欠搊だけでなく、温かな昼食の欠搊、そして DV 被害に遭う確率が高くなるなど、様々な問題を抱えているための対応であるとのことであった。 (2019年1月および11月訪問) 写真1:Immersatt 専用車 写真2:教育担当者による学習指導 写真3:訪問した日のメニュー(ローストビーフ、じゃがいも、サラダ)