わたしたちの福祉 P5 〈一冊の本〉  『渡辺荘の宇宙人 ―指点字で交信する日々―』 福島智著 素朴社 1995年10月 本研究所研究員 土井 文博 (社会学:コミュニケーション論)  20年以上前の本であるが、「わたしたちの福祉《での本の紹介の話が来た際、この本のタイトルがすぐに頭に浮かんだ。すでに過去に紹介されたかもしれないが、私の視点から、この本の面白さを紹介したい。  著者の福島智氏はバリアフリー研究者で、現在、東京大学先端科学技術研究所教授を務められており、福祉関係者でなくとも知っている人は多いだろう。3歳で右目、9歳で左目を失明し、18歳で失聴して全盲ろうとなったが、盲ろう者として日本で初めて大学に入学し、そして盲ろう者として初めて大学の研究者となられた。  この本はエッセイ集で、そのほとんどが、それまで雑誌や同人誌などに発表されていたものをまとめたものだが、日常の出来事を回想したその内容は、盲ろう者の世界を伝える貴重な資料でもある。聴力も失われることで、人とのコミュニケーション手段が断たれていくことに恐怖する様子が描かれている。しかし、盲ろう者が抱える様々な過酷な現実とは裏腹に、彼の語り口は痛快で、自分の日常で起こる出来事を笑い飛ばすほどである。もちろんこれは、絶望から這い上がってのものでもあるのだが、読みながら思わず吹き出してしまったエピソードがいくつもある。その一つを少しだけ紹介しよう。渋谷駅で指点字通訳者の女性と、すれ違った人の性別と年齢をにおいで当てるゲームをしていた時の話である。  「『今のわかった?』今度は三科さんのほうから聞いてくる。『うーん、かなりの年だね。ウルトラマンの故郷ぐらいかな?』『何、それ?』『M78』『アホクサ!』《p76 Mは男性をさすが、盲ろうである福島さんは指点字でないとコミュニケーションできないため、上の会話の三科さんの部分は指点字で、福島さんの部分は声でというやり取りになる。そこに悲壮感はなく、三科さんとのコミュニケーションが楽しくて仕方ないといった様子である。  指点字によって外の世界とつながり、指が離れれば、静寂と真っ暗な闇の世界に舞い戻る。それを彼は「テレビのコンセントが抜ける《と表現した。指点字によって心に映しだされる「心のテレビ《、そのスイッチどころか、大元の電源から断たれてしまうという、そういう感覚なのだろう。頻繁にそして簡単に訪れる「絶対的な孤独《、それを知っているからこそ、他者とつながることの素晴らしさが実感できる。そのことを伝えるこの本は、盲ろうでない者にも、人間にとってのコミュニケーションの本質とは何かを教えてくれる。