わたしたちの福祉 P10 福祉見てある記56  都市内の畑で職業訓練をする グロウイング・ホーム 本研究所研究員 仁科 伸子 (社会福祉学)  シカゴ市イングルウッドに刑期を終えて仕事に就こうとする人々の職業訓練施設がある。職業訓練施設とは言うものの、訪ねてみるとそこは農地だった。イングルウッドは典型的なサウスシカゴのコミュニティで、貧困率や失業率はシカゴ市の平均を大きく上回っている。1950年代にはシカゴ第二の商業地を抱えるにぎやかな町だったが、50年間の間に人口減少と犯罪の多発によってすっかり衰退した。シカゴ市は、このような人口減少地域ではグリーン・ヘルシー・ネイバーフッド計画(以下、GHNと省略)を掲げて、大量に発生している空き地や空き家を住民や非営利組織に1ドルで販売している。それによって、庭や緑地の広い低い密度の住宅地空間形成を狙っている。GHN 計画が、掲げているもうひとつの目標は、「生産的土地利用(reproductive land use)《によって、都市内農地を作ることである。シカゴ市開発局の調査によると、市内の肥満の状況は、食品の入手の状況と関連することが明らかになった。犯罪が多発し、人口が減少している地域は、購買力が低いためスーパーマーケットや商店が撤退し、貧困で車を持っていない人は遠くまで食料品を買いにいくことができない。このような地域によく見かけるのはファースフードの店である。日本の中山間地域と似た買い困難が起こっている。野菜が買えない GHN 地域は、すべて肥満の危険地域となっている。現在 GHN 地域には、4つの都市農地が整備されているがここはそのひとつである。  グロウイング・ホームは、1990年代には、ホームレスの支援をする組織であった。2011年にイングルウッドに1ドルで土地を購入し、農園を作って、ホームレスや刑期を終えて出てきた人々の農業による職業訓練を始めた。その農地で触法少年や元受刑者など、社会的に排除されやすい人々の就業支援トレーニングを実施し、新たな労働者として世に送り出している。地域の中核となって包括的な開発計画を推進している組織と協同して、グロウイング・ホームが、計画策定に参加している。これによって、中間支援組織からの資金提供を受けて事業を運営している。  グロウイング・ホームが運営するアーバンファームでは、刑期を終えた人々に14週間の就業支援プログラムで新しく生きるためのスキルと農業を教えている。2010年には、30人の訓練生を採用した。彼らは、午前中は畑に出て実際に働き、午後には、園芸、土壌学、健康、栄養、そして、マーケティング、セールス等を教室で学ぶ。訓練生の多くは刑務所のソーシャル・ワーカーから紹介されて来ている。2016年には、52人が14週間のプログラムに参加し、82%がプログラムを終了した。プログラム修了者のうち95%が仕事に就き、一ヶ月以上仕事が続いている者は97%である。訓練終了後の定着率のよさの理由を尋ねると、「農業は厳しいため忍耐が必要だ。このため他の仕事に就いたときに農業で培った忍耐が生かされる《ということだった。グロウイング・ホームには、農業を教えるスタッフ、ビジネスマナーや履歴書の書き方などのスキルを教えるスタッフが雇用されている。ここでは、農業を覚えるだけでなく、履歴書の書き方、面接の受け方を教え、訓練生たちが次のステップに進んで仕事に就くことを目標に掲げている。  就業支援を行うだけでなく、住宅、子育て、健康、高校卒業資格試験などその人に応じて、多様な支援を展開するため、刑務所で就業支援を行っていた経験のあるソーシャル・ワーカーを採用し、2017年40人がこの支援を受けることができた。精神疾患や依存症など多様なニーズを抱える訓練生に対応するためである。貧しさや、薬物依存症などから犯罪を繰り返す人々や、長期間刑務所で過ごした人々がいる。また、15ケースにおいては、就職において上利な条件となる刑事記録の抹消をすることができた。  シカゴは、冬が厳しいため、冬場は訓練生をおかず、スタッフの研修期間としているということだ。  農業について全く知識がなかった訓練生も、半年後には、誇らしげにハウスの中で育っているパセリやトマトやバジルを見ることになる。これらの野菜は、シカゴの高級住宅地であるリンカーン・パークの朝市で朝6時から売られる。訓練生は、朝からこの朝市の販売にも出かけて行く。14週間の間に、食品取り扱い責任者の資格を取得させるため、スーパーや食品店、飲食関係の仕事につく人が多い。  人口減少により、空き地となった区画を農地に転換して、付加価値の高い野菜を育てると同時に、就業支援も行っていくという手法は、非営利民間組織ならではの自由な発想である。人口減少社会に進んでいく中で空き地、空き家の活用は各地で必要になってくる。イングルウッドでは、 就労支援と都市農業を組み合わせて一つのプロジェクトを醸成している。犯罪に巻き込まれやすい環境の中で、いかに就労を獲得し、自分らしい生活を取り戻す機会を与えることができるかが重要である。  最近ソーシャル・ワーカーは、50代後半のコース修了者がアリゾナ州から出した絵葉書をもらった。そこには、「仕事をしたお金で、生まれてはじめてアリゾナにホリデイに来て、最高の気分だ。新しい自分を見つけさせてくれて、ありがとう。《と書かれていた。(2018年夏に訪問) グロウイング・ホームの歩み 1992 シカゴ連合(Chicago Coalition)のレス・ブラウンがホームレスの人々に農業を通じて自信を回復し、手に職をつけて働き口を増やすというビジョンを提示 2002 9人がグロウイング・ホームに登録した。 2006 ウッドストリート都市農園の開発が始まり、イングルウッドがジョブトレーニングの本拠地となった。ここで、トレーニングプログラムが開発された。 2011 シカゴ市は新たなゾーニングを制定し、都市農園設置に関する条例を設置した。オナーストリートにある二番目の農場オープン 2013 グロウイング・ホームは、バンク・オブ・アメリカによる America Neighborhood Builders 賞を受賞した。Chicago Neighborhood Development Awardsでは、シカゴ・コミュニティ・トラストの優れたコミュニティ戦略として選出された。 2014 グロウイング・ホームは、Cabrini Green Legal Aidとのパートナーシップによって、就職の障壁となる犯罪記録の抹消や、失業時の相談、住居、児童預かり、その他自立するための法的援助を提供している。 2017 ソーシャル・ワーカーを雇用