つれづれ時事寸評20 被災者の健康問題― 「どぎゃんかせんば」 本研究所研究員 高林 秀明 (地域福祉論)   大地震から2年が過ぎた今も3万人以上が仮設住宅で暮らしている。被災者の全体像は見えにくいが、 罹災証明の発行数が21万、うち全半壊が約4割(8万)、仮設に入居しなかった在宅被災者、仮設退去後も住宅ローンを抱える世帯等を考慮すると、現在の「生活再建途上の被災者」は5万世帯、10万人は下らないだろう。いま被災者のかかえる困難・不安は、仮設住宅の入居延長、自宅再建・確保、コミュニティ再生、日々の生活のやりくりなど多様である。その中でここでは健康問題に着目したい。 みなし仮設を訪問して  私は地震が発生した2016年の10月から翌3月までの半年間、益城町地域支え合いセンターの相談支援員として、各地に避難した被災者が暮らす「みなし仮設」(民間借上げ賃貸)を訪問した。そこで驚いたのは、多く人たちが地震の影響と考えられる症状を抱えていたことだ。例えば、30代の女性は震災後の仕事が多忙になり家事・子育ての疲労も重なり脳内出血で入院した。別の30代の女性はエコノミークラス症候群の治療中だった。40代の女性は地震後から声が出なくなった。糖尿病のある40代の単身男性は震災によるPTSDを抱えていた。50代の方は震災後メニエルと偏頭痛が悪化。夫の1周忌に被災した60代の女性はショックでうつ状態となりパニック障害を併発した。肺がんの治療中の70代男性の妻は震災後に糖尿病が悪化した。肺がんの手術歴のある別の70代の男性は地震後に再発し、抗がん剤の副作用によって声が出にくくなり苦しそうだった。 膨大な関連疾患  行政調査でも健康悪化は顕著に現れている。熊本市調査(2017年)によると地震後に体調の悪化した被災者は36.7%に上る。熊本県による「みなし仮設」入居者調査(2017年11月25日発表)では体調が「あまり良くない」「悪い」と答えた人が28.5%と同時期の県民調査20.1%を上回った。また「悩みを相談できる相手がいない」人は17.2%、特に40代以上の男性は4人に1人に上った。熊本県民主医療機関連合会(2018年)の調査ではプレハブ仮設の住民の50%(241人)が震災前より体調が悪化したと答えた。  背景には長引く避難生活とともに、地震直後の避難環境の劣悪さも影響している。熊本地震の関連死が直接死の4倍以上(現在211人)に上っているように、劣悪な避難環境の影響は広範である。そのため死には至らなくとも病気を発症したり持病が悪化した人たち、すなわち「震災関連疾患」を抱える人たちは、関連死の少なくとも百倍ほど(約2万人)の広がりがあると見ることもできる。 免除措置の打ち切り  震災から1年半の間(2017年9月まで)、健康問題を抱える被災者を支えてきたのが、医療・介護の保険料および窓口負担の免除措置であった(医療・介護の窓口負担・利用料は全壊・半壊世帯ともに全額免除、保険料は全壊が100%免除、半壊が50%免除)。上述の肺がんを再発した男性は「医療費の免除措置があるから本当に助かっている」と話した。 受診抑制の発生  ところが昨年9月末にこの制度が打ち切られて状況は一変した。経済的事情から受診を控える被災者が大量に生まれた。熊本市と益城町では打ち切り翌月の受診件数がそれぞれ約2万件(22万件から約10%減)、約4000件(1万5千件から26%減)も減少した。上記の民医連の調査では、「経済的理由で医者にかかれない」と答えた世帯が26%に及ぶ。熊本県保険医協会の会長も「受診抑制が生じている」と指摘する(西日本新聞、2018年4月3日朝刊1面)。震災前から低所得層が加入する国保や協会健保の世帯は経済的理由によって受診を抑制する傾向がある。経済面と健康面に課題を抱える被災者は二重・三重に医療にかかりにくくなったのである。 署名活動スタート  免除措置打ち切りは被災者にとって大打撃となるため、私たちは2017年9月に熊本県議会に対して医療費等の減免措置の継続を求める請願書を提出した。この制度では免除措置に関わる費用の8割を国が、残りの2割を県と市町村が半分ずつ負担する。被災した市町村の財政力の脆弱さを鑑みれば、この措置の継続の鍵は県が握っているといえる。東日本大震災では岩手県と福島県が災害から7年後の現在も免除措置を続けている。しかし、熊本県は市町村を支える姿勢を全く示さず、市町村は継続を断念せざるを得なかった。  請願は否決されたが、甲佐町白旗仮設の自治会長・児成豊さんを代表とする17人の仮設自治会長(益城町、西原村、大津町、熊本市)らとともに、被災者の医療費等の免除措置復活を求める会を立ち上げて5月から署名活動を始めた。児成さんの「受診抑制すると病気が悪化するので結果的に医療費の負担額が増えるという悪循環になる。目に見える復興より人の復興が大事。免除措置復活をどぎゃんかせんば」という言葉が私たちの活動を後押ししている。被災者に降りかかっている問題は震災以前の、日頃の日本社会の問題の現れでもある。目指すのはすべての人たちの生命を大切にする社会である。