わたしの研究 57 テーマ 「当事者に寄り添う」 本研究所嘱託研究員 坂本 香織 (精神保健福祉) 精神科ソーシャルワーカーとは  私は熊本学園大学で精神科ソーシャルワーク演習や実習指導を担当しています。精神保健福祉士という国家資格を得るために必要な科目です。精神保健福祉士の資格は1999年に誕生しました。私自身も、以前は精神保健福祉士として精神科病院や児童福祉施設に勤務していました。  精神保健福祉士は、心理職のカウンセラーと混同されることがしばしばあります。「メンタルヘルス」領域で「相談援助業務」を行うからでしょう。実際に精神保健福祉士の業務の中でカウンセリングの技法は使用します。しかしカウンセラーではありません。私たちは、クライエントを取り巻く問題を、関係性の問題であるととらえて、その接点に介入することで問題の改善や状況の変化を目指します。  ソーシャルワーカーとカウンセラーの仕事の違いを説明するときに使われる、こんなたとえ話があります。  ふたりの人が、川で釣りをしていました。その時、上流から怪我をした人が流れてきました。ふたりは協力してその人を川から引っ張りあげて、手当てをしました。元気になったその人は、ふたりにお礼を言って上流の村へと戻って行きました。村人を見送ったふたりは釣りを続けましたが、しばらくするとまた怪我をした人が流れてきます。ふたりは、さっきと同じように手当てをして、元気になった村人は上流の村へと戻っていきます。ところが、また、怪我をした人が流れてきます…。この時、ふたりのうちのひとりが「私は上流の村に行って、何が起きているか見てきます。あなたはここで怪我をした人の手当てを続けてください。」と言って村へ向かいました。  この時、村へ向かった人がソーシャルワーカーで、怪我をした人の手当を続けた人がカウンセラーです。村へ到着したソーシャルワーカーはきっと、村人の話に耳を傾け、地域の様子を観察し、なぜ・どのようにして彼らが怪我をしたのか、その人たちが川を流れていたのはなぜなのか、様々な視点から問題性を検討し村人たちとともに、問題解決のために奔走したことでしょう。ソーシャルワーカーはクライエントの困りごとを、その人個人の問題ではなく環境との不調和から生じているものであると考えます。 当事者に寄り添う  私は、大学卒業と同時に精神科病院のソーシャルワーカーとして勤務しました。そこでまず衝撃を受けたのは、数十年も入院を続けている人が何人もいたことです。数年ではありません。数十年です。それはいわゆる社会的入院というものでした。患者さん自身の病状は安定しており、退院し通院治療に切り替えることは充分可能であるものの、退院先がないために入院を続けている、という人たちでした。長期にわたる入院はまさに社会が抱える問題だったのです。  そして、この時、同時に衝撃を受けたのが、長期にわたる社会的入院の当事者である患者さんたちから、「退院したい」という希望があまり感じられなかったことです。長い入院生活によって、彼らには病院が生活の場となっており、病院以外の場所で生きていくことを想像することすら難しくなっていたのです。このことこそが社会的入院の大きな課題です。  当時、私は多くの時間を病棟で患者さん達と過ごし、彼らの人生の話を聴きました。精神疾患の発病によってそれまでの生活が絶たれてしまったこと、長い入院生活の中で社会との接点を失い、いつしか病院での生活が日常となっていったこと、それでも本当は「結婚したい。子どもも欲しい。」「仕事をしたい。」「自由にテレビを見たい。」など、希望を持っていること。彼らは希望がないわけではなく、希望を口に出すことをあきらめていたのです。  ソーシャルワーカーはクライエントに具体的に何かをしてあげるとか、何かを提供することが仕事ではありません。ソーシャルワーカーとして精神保健福祉士がしなければならないのは、クライエントが主体的に動き出すことができるように、クライエントに寄り添い、言葉を聴き、その背後にあるクライエントの気持ちや想いを受容することです。 精神保健福祉士の今後  精神保健福祉士の国家資格化の大きな目的のひとつは、社会的入院の解消でした。今年の2月に20回目の国家試験が行われましたので、国家資格誕生から20年が経過したこととなります。しかし、依然として社会的入院の存在は大きな課題のひとつであり、長期入院患者の地域移行という長年の懸案事項への解決は現在も強く求められ続けています。精神保健福祉士がなぜ福祉職として精神医療の世界に存在しているのか、福祉専門職としての意義を自らに問い直す時期に来ているのではないかと思っています。  熊本学園大学の精神保健福祉士養成課程では、年に1回「熊本学園大学精神保健福祉学会」と銘打って、卒業生を集めて研究会を開催しています。昨年度は当事者の方の講演(「当事者が望む精神科医療と私が思う本当に回復できる医療のズレ」)と、卒業生の研究発表が4題ありました。その中のひとつに、長期入院患者さんの「家に帰りたい不安と希望」に寄り添う支援の実践報告がありました。クライエントの不安に寄り添いながら、退院したいという希望を引き出していく…卒業生たちが現場で奮闘している姿を頼もしく感じました。  精神保健福祉士の資格誕生から20年。精神保健福祉士の職域は精神科医療福祉にとどまらず、司法や教育や企業の中のメンタルヘルへと広がりを見せています。活躍の場が広がることは喜ばしいことです。しかし同時に原点を忘れずに存在し続けることも重要だと思っています。これからも学生や卒業生たちとともに、精神保健福祉士の果たすべき役割を考えていきたいと思っています。