〈一冊の本〉 『ヒトラーの娘たち   ホロコーストに加担したドイツ女性』 ウェンディ・ロワー、 武井彩佳監訳・ 石川ミカ訳 明石書店  2016年 3,200円 Wendy Lower、 ”HITLER'S FURIES: German Women in the Nazi Killing Fields”2013 本研究所研究員   中野 元 (経済学・経済理論)  本著では、ヒトラーの大量殺戮計画に関与した女性の目撃者、共犯者、加害者の話が紡ぎ合わせられ語られている。私は、その中で指摘されている3つの点に注目している。  まず第1は、ホロコーストの全体像を本当に明らかにするには、ドイツ人女性の社会的システムの中での関わりが解明されなければならないという指摘である。というのも、ほとんどのホロコーストの歴史記述では、社会に生きる者の約半分に当たる女性が扱われてこなかったからという。「女性の行為の最たる闇をあらわにする《ことによって、本書はホロコースト/ジェノサイトの記憶に内在する深刻な問題点をえぐり出している。  第2は、教師、看護師、秘書、福祉士そして家庭の妻となった女性たちは、特に東部占領地域におけるナチ体制に積極的に参画しキャリアを形成し野心的な出世を実現していく、この過程でジェノサイドを遂行する歯車の中に組み込まれたという指摘である。この時代、ユダヤ人絶滅計画の実行に関わった15歳から25歳ほどの若い女性たちは、自らの仕事を遂行する過程で保守的で人種主義的な改革の担い手として自己の存在を主張し、他者である劣等人種・ユダヤ人を排除することでドイツ民族の優越性を認識していった。  ハンナ・アーレントは、親衛隊中佐として大量のユダヤ人を殺戮したアドルフ・アイヒマンの裁判法廷をみて、「無思考性と悪の凡庸さ《を指摘した。事務的業務を遂行する「凡庸《な役人は、倫理的「思考《や他者への「共感《をなくしてただ支配者の期待する成果に自らの功績を結実させることで、大量殺戮を実践した。彼は、犯罪の責任を常に上部組織に転嫁して我が身を守り、罪悪感や恥の感情はみじんもみせなかったという。これに対して、彼女たちの場合には、多くは戦後の戦犯裁判で「自分の仕事《をした普通の女性として扱われ、罪に問われることはなかった。深刻な問題を内包しているという。  第3は、ドイツ人女性の中から、最近ナチス体制下での残酷さと勇気の交錯する回想と物語が語られだしたという指摘である。コロンビア大学のキャロル・グラックは、1990年代にNGOを中心とした人権活動家によってフェミニズムが取り組まれ、「戦争の記憶《は新たな展開を遂げたという。こうした流れにそうように、本書も、女性が担ったナチ体制下での忌まわしい「戦争の記憶《を世界的に「共通な記憶《として語り継ぐことで、男性を含めた女性の人間性としてのあり方を検証している。