海辺の物語

世界ではじめて水俣病を経験した不知火海。
水俣病事件が起こる前の不知火海は「魚湧く海」と比喩され、原田正純が「干潟は海と川と陸の三者が入り混ざるところで、文字通り“いのち”の発生の地である」(『いのちの旅−水俣学への軌跡』pp.256-257)というように干潟、海と川、手入れされた山々の恵が人びとの暮らしを豊かなものにしていました。
チッソが排水を停止したとされる1968年以降、水俣市茂道湾の海辺にどのような生き物が蘇ったでしょうか。水俣の市民や研究者が合同で「みなまた地域研究会」を2013年3月に立ち上げ、海辺や河口の生き物調査、排水溝などの水質や土壌、底質など調査を定点的に実施し、公害によっていったん破壊された環境がいかに再生しているかを検討する取り組みを行ってきました。ここでは、水俣の海辺で出会った生き物をご紹介します。この取り組みが、自らの環境を地元住民が守り、豊かにし、水俣病という負の遺産を将来に活かしていくことになると考えています。

生き物マップ

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